2019年11月13日

「永遠の歌声〜中国曲の全て」ライナーノート

 「永遠の歌声 Vol.2 〜中国曲の全て」はなかなか良いCDです。聞き慣れた曲ばかりですが、飽きません。

disc_linernotes01.jpg


 そのライナーノートをテキスト化してみることにしました。 

disc_linernotes02.jpg


テレサはアジアの共通言語だった
●篠崎 弘 (ジャーナリスト)

 テレサ・テンが亡くなったという新
聞記事は、日本ではずいぶん小さなも
のだった。日本の全国紙の基準からい
えば、社会面で三段、もしくは写真込
みで四段という記事は歌手の死亡記事
としては決して小さな扱いではないし、
ジャーナリズムの世界に身を置くもの
としては納得できないものではなかっ
たのだが、それでも彼女のアジアにお
ける存在の大きさをよく知るものとし
ては不当に小さな記事に見えてならな
かった。
 案の定、しばらくしてから新聞に「台
湾での彼女のお葬式の規模やファンの
悲しみ具合の深さを知って、初めてテ
レサの偉大さを知った」といった投稿
が載り始め、今度はわが意を得た思い
をすると同時に、テレサの真価を十分
に日本に紹介できなかったことの悔し
さをあらためて噛み締めることになっ
た。
 「アジアからやってきた一種の出稼ぎ
労働者で、当初は目先の変わったアイ
ドルとして売ったがやがて歌唱力を評
価されて安定した人気を得るに至った
演歌歌手」。日本でのテレサの一
般的なイメージは、たぶんこんなとこ
ろではなかったろうか。さらにもう少
し詳しくイメージを探れば、「昔、旅券
の偽造事件などを起こして騒がれたこ
ともある、アジアからの不法労働者た
ちの先駆けのような歌手」とか、「それ
までの泥臭いド演歌のイメージを変え
て、若い女性たちにも歌えるソフトな
演歌を生み出したカラオケの定番歌手」
といった像も浮かんでくるかもしれな
い。彼女のヒット曲につけられた「不
倫三部作」といったキャッチフレーズ
を覚えている方も少なくないだろう。
彼女が三年連続で受賞した有線放送大
賞は、その年にたとえどんなロックや
ニューミュージックの曲が大ヒットし
ようと、なぜか決まって演歌の作品に
送られるのが常だった賞であることを
知っている人もいるだろう。
 要するに「アジアからの出稼ぎ演歌
歌手」。結局のところ、 日本におけるテ
レサのイメージはこれに尽きた。そし


 何と、ライナーノートのこの後、5ページから12ページがありません。中古で買ったCDですが、ライナーノートがこんな状態だとは、今日まで気付きませんでした。悲しい。(今頃読んだから、こういうことに。)

ていた曲で、演歌調を見事に身につけ
ているのに感心する。「北国の春」がア
ジア各地で広く歌われているのも周知
の事実だ。「逃避行」なんて懐かしい曲
も歌っているが、テレサがレコード大
賞の新人賞をもらった1974年に最優秀
新人賞を獲ったのがこの曲の麻生よう
子だった。浅野ゆう子や西川峯子も新
人賞の同期生だ。

★第3集
 1982年1月9日から11日までの31日
間、香港のクイーン・エリザベス・ス
タジアムで行なったコンサートのライ
ヴ録音。テレサのライヴとしては1977
年の東京ヤクルト・ホールでのものが
既にポリドールからCDで発売されて
いるし、トーラスには1985年のNHK
ホールでのものがビデオで残されてい
る。ほかにも海賊版みたいなライヴ録
音があるようだが、ライヴでのテレサ
にはスタジオでの録音とは別の魅力が
感じられる。おしゃべりなども可愛ら
しく、人柄のよさがにじみ出ている。
とくにこのクイーン・エリザベスのは
曲目が充実しており、 テレサの出来も
非常によい。スタジオ録音と変わらぬ
神経の行き届いた丁寧な歌いぶりであ
りながら、ライヴらしい伸びやかさを
も発揮していて、感心させられる。
 日本の曲としては、当時の新曲だっ
た「北極便」を幕開きに、そして「襟
裳岬」を熱唱する。それ以上に力のこ
もっているのが、後半で歌う「昂」で、
レコードになってないこの曲を見事に
歌いきる。アンコールのラストは「グ
ッドバイ・マイ・ラヴ」で締める。
 香港でのライヴだから中国曲が多い
のは当然だが、アンコールで歌う「何
日君再来」は言うまでもなく、「海韻」
「千言萬語」(この2曲は古月の作)「小
城故事」「在水一方」などは、1970年代
なかばから1980年にかけての中国人社
会でのテレサ最大のヒットであり、彼
女を代表する曲目となっているし、「梅
花」「★怎麼説」 「忘記他」もそれらに
次いで親しまれた曲。「我怎能離開★」
(古月作の映画主題歌)や「我一見★就
笑」もポリドール入社以前から歌って
いた人気曲だ。日本のテレサ・ファン
がこういった曲をまったくご存じない
としたら実に不自然であって、本場の
テレサ・ファンから見ればとてもファ
ンとは言えないことになるだろう。「甜
蜜蜜」も中国人社会では親しまれた曲
だが、オリジナルがインドネシアの「ダ
ユン・サンパン」であることは中国人
たちはほとんど知らないかもしれない。
「船歌」もインドネシアのスマトラ島バ
タック人の民謡「シン・シン・ソー」
である。民謡調の「路邊野花不要採」や
「採檳榔」も占くからのレパートリー。
 注目すべきは「天涯歌女」「四季歌」
のメドレーだろう。 テレサが尊敬する
中国の歌手周璇が1937年の映画「街角
の天使(馬路天使)」で歌ってスターの
座を手にしたのがこの2曲だった。テ
レサは周璇の代表作「何日君再来」を
何回も録音したが、この2曲はこのラ
イヴでしか録音していない。「君在前哨」
もレコードで見かけたことのない曲だ。
それなのに1980年代初頭のコンサート
では必ず取り上げていたようだ。1983
年の歌手生活15周年記念コンサートの
パンフレットにテレサの十大名曲とい
うのが挙げてあるが、「何日君再来」「海
韻」「小城故事」などと並んで「君在前
哨」も入っている。もちろんこのコン
サートでも歌った。どうもこれは政治
的もしくは軍事的な意味合いの強い曲
なのではなかろうか。いずれにしても
レコードになっていない曲だからこの
ライヴ録音は価値がある。
 レコードで聞けない、 という点では
「好きにならずにいられない」にも注目
していただきたい。テレサは、コンサ
ートや台湾、香港のテレビ出演では英
語の曲もよく歌った。そのときそのこ
きのヒット曲が多かったようだが、英
語の発音も悪くないし、ロックっぽい
ものなどでリズム感のよさも発揮して
いた。そういった曲がほとんど正規の
レコードに残されていないのが残念な
ので、せめてここに「好きにならずに
…」を入れて、テレサのアメリカン・
ソングでの実力を証明したかった。1961
年のプレスリーのミリオン・ヒットと
なったこの曲なら、マルティーニの「愛
の歓び」からアダプトしたスタンダー
ド曲だし、UB40のレゲエ・ヴァージ
ョンでリバイパルし、インドネシアの
ヘティ・クース、エンダンなんかも歌
うなど生命の長い曲だから、 ここに入
っていても抵抗感はないだろう、
 なおこのコンサートには、伴奏陣に
渡辺茂樹以下の日本のミュージシャン
が参加し、ライヴ録音のエンジニアと
して日本ボリドールから茂木正三氏が
派遣されていた。ライヴ・アルバムの
プロデュースには香港ポリグラムのト
ニー・タン氏が当たった。


 文字化に当たっては、OCRするのにAndroidのアプリ「Textスキャナ」を使いました。

disc_linernotes03.jpg


 
 間違いもありますが、手軽に使えます。英語などにも対応しています。


posted by kewpie at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン
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