2020年12月10日

「永遠の歌声〜中国語曲のすべて」ライナーノート(3)

 引きつづき、「永遠の歌声〜テレサ・テン Vol.2 〜中国語曲のすべて」のライナーノートのテキスト化作業をしました。

中国語曲のすべて〜中村とうよう.jpg

 中村とうようさん執筆の部分の前半です。選曲に関わったようです。後半は、各曲についての解説を書いています。

テレサの本領を知るには中国語の歌を聞くべきだ
中村とうよう(音楽評論家)



 今から20年余り前、ひとりの女性歌
手が台湾から日本にやってきた。テレ
サ・テン。ちょうどハタチだったはず
だが、可愛い丸顔はせいぜい16か17に
しか見えなかった。その子供っぽい見
かけとは反対に、歌は実にうまかった。
日本のポリドールと契約し、第2弾の
「空港」を皮切りに、次々とヒットを放
ち、たちまち人気スターとなった。
 それ以来、1995年5月に42歳の若さ
で急逝するまで、大多数の日本人は、
テレサを余りにも身近に感じて親しん
でいたので、彼女が台湾生まれの中国
人であることを、ともすれば忘れがち
になった。死去の報道のなかで、故国
台湾での国葬級の扱いが伝えられたり、
さまざまな形でテレサの生涯が紹介さ
れるのに触れて、彼女が中国系の人々
のあいだでいかに大きな存在だったか
を初めて知った日本人が、多かったは
ずである。遅ればせながらこうして、
テレサテンという偉大な歌手の全体
像が、徐々にイメージを広げつつある
のは、まずまず不幸中のさいわいと言


っていいだろう。
 テレサがこれまで考えられていたの
よりも遙かにスケールの大きな国際的
スターであることを知った方々には、
ぜひ彼女の歌う中国語の歌を聞いてい
ただきたい。テレサってそんなに偉大
な歌手だったのか、と認識を新たにさ
れたならば、それを単なる知識のまま
にしておくのでなく、それぞれが彼女
の中国語の歌を聞くことで自ら確認し、
かつ彼女のすばらしい中国語ソングを
味わい、楽しんでほしい。もう彼女の
新しい録音を聞くことは不可能になっ
たのだから、せめてこれまで余り知ら
れないままになっていた過去の中国語
ソングでも聞くしかない。それらを埋
もれさせておくのはモッタイない。
 彼女の中国語の歌はトーラス・レコ
ードからも発売されているが、このポ
リドールの3枚組は、ういういしさを
残しながらも急速に歌唱力を伸ばして
いった1970年代後半のテレサの名唱が
集められていて、テレサの中国語ソン
グをタップリ味わうことができる。ぜ


ひお楽しみいただきたい。
 テレサの中国語ソングにも、大きく
言って2種類ある。@=台湾や香港で
作られた本来のチャイニーズ・ソング、
A=日本の歌を中国語に翻訳したもの、
である。後者のAはさらに2種類に分
けられる。AA=テレサ自身の日本語
オリジナルに中国語の歌詞を付けたも
の、AB=他の日本人歌手のヒット曲
に中国語の歌を付けたもの、だ。
 テレサは14歳で台湾の小さなレコー
ド会社からデビューした。もちろん歌
った曲はすべて1に当たるチャイニー
ズ・ソングだった。間もなく出した2
枚目のLPで、早くも「こんにちは赤
ちゃん」を中国の歌詞で歌っている。
これがABの始まりだ。ただしこれは
レコードに関しての話で、歌手デビュー
するよりずっと前のごく小さかった頃
から「リンゴ追分」などはよく歌って
いたのだそうだ。日本の歌だけでなく、
アメリカのヒット曲やラテンの有名曲
なんかも幅広く歌っていた。要するに、
どんな人でも好きで、片っ端から歌っ
ていたらしい。だから日本の歌につい
ても、特に日本の歌と意識してではな
く、最初は、たまたま聞いて気に入っ


た曲を歌った、ということだったのだ
ろう。
 しかし、レコード歌手としてたちま
ち人気が出て、次々にLPを録音する
ようになり、おそらく会社側から、今
度はこの曲を歌ってみろ、といった注
文がつくようになったに違いない。彼
女は歌に対する熱意と若さのエネルギ
ーで、そんな注文を次々にクリアーし、
周囲の期待以上の成長ぶりを見せる。
そんななかで日本の歌も、ロックンロ
ールから演歌までなんでも歌いこなし
てしまう。「港町ブルース」や「長崎は
今日も雨だった」は、すでに十代なか
ばで最初のレコード会社に録音してい
た。
 そのようにして若さに似合わないほ
どの歌唱力を身につけたテレサは、20
歳のとき日本のポリドールと契約する。
日本でのデビューはその翌年(1974年)、
21歳になってからだが、これ以来、彼
女は彼女のために作られた日本語オリ
ジナルの歌謡曲を歌い始めるわけであ
る。そして間もなく、そうした自分の
ヒット歌謡曲や他の歌手のヒット曲を
中国語の歌詞でレコーディングし始
る。これが先に挙げた分類のAに相当


するわけだが、もちろんそれは、台湾、
香港、東南アジアなど広い範囲に存在
する中国系のテレサ・ファンのための
レコーディングであって、主に香港ポ
リグラムから『島国之情歌』というタ
イトルのLPのシリーズとして次々に
発売され、大好評を博していった。も
ちろん島国というのが日本のことだ。
このシリーズはいまはCD化されて、
相変わらず売れ続けている。
 日本語の歌謡曲を歌うテレサしかご
存じなかった多くの方々のために、そ
れとは別のテレサのレコードについて
知っていただきたくて、あれこれと説
明が長くなってしまった。1974年から
約10年間の日本ポリドール専属時代に
おけるテレサの日本語による録音は、
すでに『永遠の歌声〜オリジナル曲の
すべて』と題した3枚組CDにまとめ
て発売したので、今回は同じくポリド
ール時代の中国語のレコーディングを
2枚のCDにまとめ、1982年の香港で
のコンサートのライヴ録音を1枚のC
Dとし、この3枚をセットに組むこと
で、ポリドール時代の彼女の全貌がつ
かめるようにした。
 最初の2枚それぞれの冒頭には、先



程の分類の@にあたる本米の中国系の
歌が少し入れてある。第1集の1から
3までと第2集の1から4までが、そ
れだ。この合計7曲が日本ポリドール
に残されたテレサの中国系歌曲の全録
音なのである。ひとまとめにせず2枚
に分けて入れたのは、CDに収録でき
る時間的な制約によるものだ。という
のは、ポリドールには、AA=テレサ
自身の日本でのヒット曲の中国語録音、
AB=ほかの日本人歌手のヒット曲の
テレサによる中国語録音が、それぞれ
17曲ずつあって、AAを第1集、AB
を第2集に収めると、曲の時間的長さ
の関係で、@を第1集に3曲、第2集
に4曲と振り分けるとちょうど2枚の
CDがいっぱいになったのである。
 また、第3集は、先程も触れた1982
年のライヴが、当時、香港では2枚組
のLPで、日本ポリドールからは長時
間のカセット.テープで発売していた
が、今回は1枚のCDに収録するため、
おなじみの薄い曲5曲ばかりをカット
せざるを得なかった。これもCDの収
録可能時間ギリギリになっている。ご
了承いただきたい。

    *   *   *
posted by kewpie at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン
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