2021年12月13日

『週刊現代』 (2020/02/11)その6〜雑誌等の記事(35)

 最後です。

週刊現代20191223-thumb0607_s.jpg

 左のページ。

(しかし6月、天安門広場に集まっ)
ていた学生らを、人民解放軍
が武力制圧したのだった。
 強い怒りと探い悲しみにと
らわれ、中国で歌うという希
望も捨てざるをえなかったテ
レサは、11月、パリに移り住
む。「中国を離れた場所から
考えたかった」からだ。
 パリで曲作りやレコーディ
ングは行っていたものの、表
舞台に出ることが少なくなり、
'91(平成3)年には死亡説が
流れる。その後、年に数回、
テレビやチャリティコンサー
トに出たが、同時に持病のぜ
んそくを悪化させた。
 体調のすぐれない日々が続
き、静養でたびたび訪れてい
たタイ・チェンマイのホテル
で'95(平成7)年5月、ぜん
そくの発作に襲われた。病院
に運ばれる車のなかで、テレ
サは息を引き取った。
 作詞家で、『つぐない』か
ら『別れの予感』までの4つ
の大ヒット曲を手がけた、荒
木とよひさ氏が振り返る。
「僕がテレサに感じたのは、
芯のある母性です。中国の民
主化を支援したのもイデオロ
ギーからではなく、自由を求
める若者を応援したいという、

ある種の母性だ
ったと思う。
 彼女が最後に
暮らしたパリで、
僕もレコーディ
ングに参加しま
した。仕事の合
間にレストラン
で一緒に食事をしたとき、僕
は生ガキにあたってしまった。
点滴を受ける僕を、テレサは
ひと晩中、付きっきりで介抱
してくれました。天使のよう
だった。その慈愛に満ちた姿
が忘れられません」
 果たせなかった恋、そして
中国で歌う夢。叶わぬ思いを
抱き続けていたからこそ、そ
の歌声は哀切に満ちた。


上写真キャプション
テレサは
中国の民主化を支援


民主化を訴え、天安門広場を埋めた
学生たち。テレサは「私には台湾と
か大陸とかは関係なく、すべての中
国人のために歌っている」と語り、
民主化された中国大陸のステージに
立つことを最後まで願っていた


中写真キャプション
死亡説が流れるなかでの
記者会見


'91(平成3)年、1年8ヵ月ぶりに
来日。会見で死亡説が流れたことに
触れられ、泣き出す場面もあった。
 また、台湾政府はテレサを「模範的
愛国歌手」とたたえ、広告塔のよう
に利用。彼女は「政府のスパイのよ
うに動いている」と噂する人もいた


下写真キャプション
墓前にはいまも
供花が絶えない

テレサの墓は台湾の中心都
市・台北(タイペイ)から車で2時間ほ
どの場所にある。日本を含
め各国からのファンが、い
まもたくさん訪れる


 実はキャプションの一つに間違いがあります。
来日。会見で死亡説が流れたことに
触れられ、泣き出す場面もあった。

と書かれていますが、会見で死亡説に触れられた時には会場の記者と共に笑い声を上げています。
 写真に写っている涙をぬぐうのは、香港の民主化が抑えられていることを語ったときです。



 だからこのキャプションは、
'91(平成3)年、1年8ヵ月ぶりに
来日。会見で死亡説が流れたことに
触れられ笑いながら答えたが、香港の現状について聞かれて泣き出す場面もあった。
とすべきだったでしょう。

posted by kewpie at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン
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