2022年10月10日

どうして今なのか…

 どうして今なのか分かりませんが、こんなのがWEBの記事として掲載されていました。

東スポ−テレサ・テン.jpg

 日付けは「2022年10月10日」となっています。

 記事自体はありふれた内容で、良く知られていることですが、添えられた写真は初めて見ました。「1974年、当時21歳のテレサ・テンさん」というキャプションが添えられています。

東スポ−テレサ・テン02.jpg


 こちらが記事です。
アジアの歌姫<eレサ・テンさんのデビュー直後「本国を出たことに未練はありません」
2022年10月10日 10:00
東スポWeb

【今週の秘蔵フォト】「アジアの歌姫」と呼ばれ一時代を築いた台湾出身の歌手、故テレサ・テンさんは来年1月で生誕70周年を迎える(1995年5月没)。74年2月に来日して3月に「今夜かしら明日かしら」でデビュー。当時は台湾出身の欧陽菲菲が「雨の御堂筋」(71年)、香港出身のアグネス・チャン(72年)が「ひなげしの花」を大ヒットさせ、台湾や香港から続々と歌手が来日デビューしていた。

 74年5月3日付本紙ではデビュー直後のテレサのインタビューが掲載されている。歌詞の意味についても「日本語は全然分からないの」と笑いつつ、覚えた日本語は「おはようございます」「お疲れ様でした」「マッチ1本火事の元」(?)程度と明かしている。台湾ではすでに大スターで、14歳でデビューすると香港、台北、シンガポール、ベトナムなどでも活躍。アルバムを20枚出したほどだった。

 来日した理由については「アジアの中では、日本の音楽が発達しているからです。本国を出たことに未練はありません」と断言。すでに大スターの貫禄すら漂わせている。

 日本の印象については「街を人があまりに速く歩いているのには驚きました。それに地下鉄がとても珍しい。人が道路を歩いている下を電車が走っているなんて、とても考えられないことだわ。でも地下鉄は好きよ」と慌ただしさに驚きつつも、食事には「最低2時間はかけていただきますね」と、お国柄のせいなのか、ゆったりとした私生活を語った。

 この年の7月にリリースした「空港」が大ヒットしてレコード大賞新人賞を獲得。その後も「つぐない」(84年)、「愛人」(85年)、「時の流れに身をまかせ」(86年)などの名曲を世に出し、トップ歌手の地位を確立させていった。

 しかし95年5月にタイ・チェンマイで気管支ぜんそくのため、42歳の若さで急逝。葬儀は台北で国葬として行われ、世界中から3万人ものファンが弔問に訪れた。まさに世界に誇れる「アジアの歌姫」だった。

東スポWeb


 冒頭に書かれた「来年1月で生誕70周年を迎える」に拘わってのことでしょうか。そういえば、70周年記念としてDVDセットもTBSから発売予定(予約済み)ですし、いろいろと来年はあるかも知れません。
 
posted by kewpie at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン
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