2010年03月27日

竹田の子守唄(2)

竹田の子守唄(1)の続きです。

第3回全日本ライトミュージック・コンテスト グランプリ1969 赤い鳥の名を全国的に知らしめたのは、1969年11月の第3回全日本ライトミュージック・コンテスト(LMC)なのだが、その時に歌ったのが「COME AND GO WITH ME」と「竹田の子守唄」です。

赤い鳥 コンプリート・コレクション
 これらは、CD「第3回全日本ライトミュージック・コンテスト グランプリ1969」と、「赤い鳥 コンプリート・コレクション」に収録されている。


 ただし、第3回LMCの直前1969年10月に、「お父帰れや/竹田の子守唄」のシングル盤レコードをURCレーベルで出していました。
 ↑この音源が本当にURC盤なのかどうかは分かりません。

 こちらが、第3回全日本ライトミュージック・コンテストの録音と思われます。

 平山泰代が「ねんねんよ〜」がありません。


シングル盤「竹田の子守唄/翼をください」 その後、プロとして2枚のシングル盤と2枚のアルバムを経て、1971年2月5日に「竹田の子守唄/翼をください」(原盤制作:アルファ 販売:東芝音楽工業)を出しました。これにより、日本中の人たちが、「竹田の子守唄」「翼をください」の2曲を耳にすることになりました。




 ここまで彼らが歌ってきた歌詞は変わらず、次の通りだったと思われます。

守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし

この子よう泣く 守をばいじる
守も一日 やせるやら

はよもゆきたや この在所こえて
むこうに見えるは 親のうち

 文章主体のページですが、さらに詳しいいきさつについては「講演「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」---藤田正@高野山」を読んでみてください。

※多くの差別がこの世界からなくなることを祈って、このブログを書きます。
posted by kewpie at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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